

クリスチャン・バブルの外へ一歩踏み出す
一歩踏み出すための実践的なステップ
バブルが大きいとき
イエスを信じて長く歩んできた方ほど、気づかないうちに「クリスチャン・バブル」——クリスチャンだけで完結した世界——の中にいることがあります。教会に通う生活が長く続けば、友人のほとんどが同じ信仰を持つ人になるのは自然なことですし、今では「世俗的な」音楽やテレビ番組、映画の代わりになるクリスチャン向けのものを見つけるのも、かつてないほど簡単です。それ自体は良いことでもあるのですが、同時に、自分にとって居心地のよい場所から一歩踏み出し、教会の扉を一度もくぐらないかもしれない人たちとつながることを難しくしてしまう面もあるのではないでしょうか。
なぜ私たちはバブルを愛してしまうのでしょうか
置かれている状況のゆえに、気づけばバブルの中にいる、ということがあります。週に何度も教会へ行き、職場もクリスチャンの会社、隣人までクリスチャン。そんな私たちにとっての課題は「忙しさ」です。生活が良いもので満ちているからこそ、神から遠く離れた人たちのために時間を取り分け、関係を育てる余白を作るのが難しくなってしまうのです。
けれども時には、そのほうが楽だからバブルの中にとどまっている、ということもあります。世界は暗い場所で、自分や家族をさらしたくない影響や思惑、思想であふれています。神から遠く離れた人たちの人生にリスクを負って関わり、そこから生まれる込み入った会話に向き合うよりも、バブルを作ってしまうほうがはるかに簡単なのです。
神から遠く離れた人々に対するイエスの姿勢
ありがたいことに、イエスご自身が私たちに従うべき模範を示してくださいました。イエスはかつて、完全なバブルの中に住んでおられました。天国で神とともにおられたのです。しかし神は、ご自分から遠く離れた人々を愛するがゆえに、その完全な住まいから、やがてイエスのいのちを奪うことになる危険な世界へと、イエスを送られました(ピリピ人への手紙 2:5-8)。けれども、このようにリスクを負ってくださったからこそ、神から遠く離れた人々が救われる道が開かれたのです(ヨハネの福音書 3:16)。その一例が、ヨハネの福音書 4章に記されています。イエスは文化や社会の境界線を越えて、一人のサマリア人の女性と心の通う会話を交わされました。そしてイエスがそうしてくださったからこそ、この女性は偶像礼拝から救われ、まもなく町中の人々がイエスこそ神であると信じたのです。これはイエスの生涯にまつわる美しい物語というだけでなく、私たちのような者への励ましでもあります。私たちがバブルの外に出るとき、人の人生は変えられていくのです。
一歩踏み出すための実践的なステップ
1. 余白を作る:もし生活が、クリスチャンだけで構成された行事や関係で埋まっているなら、新しい関係のための余白を作る必要があります。予定の中から一つ手放せる活動を考え、その時間をどう用いればよいかを、祈りつつ神に尋ねてみましょう。
2. 三人を選ぶ:どれほどバブルが大きくても、イエスを信じていない人を一人も知らないということは、まずないはずです。すでに関係のある人を三人選び、毎日その人たちのために祈り始めてみましょう。そして、その人たちとイエスについて語り合う新しい機会を与えてくださるよう、神に求めてみましょう。
3. 大胆であること:この文化を恐れる思いがあるなら、聖霊の力を思い起こしましょう。私たちのうちにおられる方は、この世にある力よりも大いなる方だと、イエスは教えておられます(ヨハネの手紙Ⅰ 4:4)。世のどんな力にもまさる神の力への確信を与えてくださるよう、祈り求めてみませんか。
Spoken Gospelにできること
信仰を分かち合う最初の一歩を踏み出すのは、勇気のいることだと私たちも分かっています。だからこそ私たちは、聖書をより深く知り、イエスについて自信をもって語り合えるようにと願いながら、心に問いかける動画や聖書通読プラン、ポッドキャストを制作しています。
Spoken Gospelでは、日々、世界中の人々に福音を届けています。私たちの使命を支えてくださることを通して、あなたも福音を分かち合うことができます。毎月または一度きりの献金者となってくださる方は、イエスの良い知らせを伝える働きにおける私たちのパートナーであり、共に働く者です(ヨハネの手紙Ⅲ 8)。ぜひ今日、献金を通して私たちと共に働く者となることをご検討ください。
