何が起こっているのでしょうか
詩篇 68篇は、神のご臨在がイスラエルを一つの国として立て、彼らのために戦ってくださったことを思い起こしています。神のご臨在は神の民を奴隷状態から救い出し、エジプトの軍隊を散らされました(民数記 10:35、詩篇 68:1)。そして詩人は、もう一度そうしてくださるようにと神に願います(詩篇 68:2〜3)。荒野では、神のご臨在が雲を通してイスラエルを養われました(詩篇 68:4)。ファラオによって父を失った者、夫を失った者を、神のご臨在が慰めてくださいました(申命記 1:31、詩篇 68:5)。神のご臨在はイスラエルを砂漠へと導きましたが、同時にエジプトとファラオを、焼けつく太陽の熱にさらされたまま置き去りにされたのです(詩篇 68:6)。
軍隊のように、神のご臨在はイスラエルをシナイ山へと導かれました。そこで神は初めて彼らを「わたしの民」と呼ばれたのです(詩篇 68:7〜8)。神のご臨在は雨のように現れ、乏しいイスラエルの人々に、パンと肉と、渇きをいやす水を洪水のようにあふれさせてくださいました(詩篇 68:9〜10、出エジプト記 16:4)。士師記では、イスラエルの男たちが恐れのあまり神と共に進み出ることができなかったとき、神のご臨在がイスラエルの女たちに下り、彼女たちに勝利と戦利品を与えられました(詩篇 68:11、士師記 5:24)。男たちが眠っている間に、神はエジプトになさったのと同じように、女たちの敵を散らされたのです(詩篇 68:13〜14)。
そのため、堂々とした山の要塞を誇るイスラエルの敵たちは、それに比べれば低くうずくまるような丘に神のご臨在が力をもって君臨しているのを、ねたましく見つめることになります(詩篇 68:15〜16)。神のご臨在は捕らえる者を捕らえ、地上の悪しき帝国は、まことの世界の王に王にふさわしい贈り物を携えて来ます(詩篇 68:18)。日々、神のご臨在はご自身の民の重荷を背負い、死から逃れる助けとなり、救ってくださいます(詩篇 68:19〜20)。神が王座におられるのですから、その民を脅かす敵はだれであれ砕かれるのは避けられないように思えます。そして神はやがて、絶えることなく悪と暴虐を行う者たちの血の中を歩まれるのです(詩篇 68:21〜23)。
続いて私たちは、神のご臨在が行列となってイスラエルの新しい都へと進んでいることを知らされます(詩篇 68:24)。おそらくこれは、神の王権とご臨在のしるしである契約の箱が、ダビデの指揮のもとでエルサレムへ運ばれた時のことでしょう(サムエル記Ⅱ 6:12)。いずれにしても、それに応えてイスラエルの女たちは、神が高く上げられたという良い知らせを喜ぶようにと、すべての人に告げます(詩篇 68:24〜26)。彼女たちは、神のご臨在がエジプトになさったように敵を打ち破ってくださるよう叫び求めます(詩篇 68:28、31)。そしてこの詩篇は、すべての国々がイスラエルの神を賛美するようにという呼びかけで閉じられます(詩篇 68:32〜33)。神は彼らに、強さと力という贈り物を与えようとしておられるからです(詩篇 68:35)。
福音はどこにあるのでしょうか
神のご臨在が荒野を通り、勝利へ、そしてエルサレムへと進んでいく道のりは、イエスの生涯と勝利、そして死からの昇天を描く絵です。契約の箱が神のご臨在を表し、必要を満たすためにイスラエルの民と共に動いたのと同じように、イエスは肉体を取り、生き、動かれる神のご臨在そのものです(ヘブル人への手紙 1:3)。イエスが行かれるところでは、神の民の敵が散らされました。悪霊の軍団は恐れて逃げ去りました(マルコの福音書 5:12〜13)。雪のように人をおおっていたツァラアト(重い皮膚病)は溶け去りました(マタイの福音書 8:3)。病はイエスの権威にひざを屈めました。死んだ者さえ、その命令に従ったのです(ヨハネの福音書 11:33〜34)。
また、契約の箱がエルサレムに入るとき祝われ、歌をもって迎えられたように、イエスもろばに乗ってエルサレムの門を通られたとき、王のように迎えられました(ルカの福音書 19:37)。ローマ帝国はイエスに、王にふさわしい贈り物を持って来ました。王の衣、笏、そして冠までも(ヨハネの福音書 19:2)。そして王イエスの最初のみわざは、ご自身の民の重荷を背負い、死の捕らわれから逃れる道を備えることでした(ペテロの手紙Ⅰ 2:24)。こうしてイエスは軍隊のように墓の要塞を攻め落とし、その力を捕らえ、あらゆる名と帝国の上にある王座に昇られたのです(コロサイ人への手紙 2:15)。そして、イスラエルにおいて神が高く上げられ、勝利されたことが女たちによって告げられたように、王イエスの支配と統治という良い知らせも、空の墓で新しい女たちによって告げられました(ヨハネの福音書 20:1〜2)。
イスラエルと同じように、背負っている重荷もきっと大きいことでしょう。けれどもイエスは、まず地の底に降り、死から分捕り物を奪い取ったうえで、王座に昇られました。その豊かさの中から、ご自身の民に強さと力という贈り物を与えると約束してくださっているのです(エペソ人への手紙 4:7)。ですから、この詩篇が命じているように、イスラエルの神であるイエスを共にほめたたえましょう。
ご自身の目で確かめてみましょう
聖霊が目を開いてくださり、私たちの敵を打ち破られる神を見ることができますように。そして、ご自身の民に贈り物を与えてくださるイスラエルの王イエスを見ることができますように。

