ここで何が起こっているのでしょうか
イスラエルの首都は破壊され、民はバビロンへ連れ去られました。自分たちの力では打ち負かせない勢力の奴隷となってしまったのです。ところがエゼキエルは、イスラエルの敵がやがて勝ち目のない戦いへとおびき出される、と預言します。エゼキエルはイスラエルのあらゆる敵を、ゴグという謎に満ちた恐ろしい王として一人の人物に重ね合わせます。やがてゴグは、世界の隅々からイスラエルの敵を結集させます(エゼキエル書 38:1〜6)。ゴグはイスラエルの町々が無防備だと思い込み、巨大な多国籍軍を率いて略奪に向かいます(エゼキエル書 38:7〜14)。しかしゴグがイスラエルの国境を越えたその時、神は戦士のように立ち上がり、ゴグとその機に乗じた軍勢を滅ぼされる、とエゼキエルは語ります(エゼキエル書 38:15〜23)。
神の正義がもたらす結末は、激しいものです。ゴグは武装を解かれ、力を失います。討たれた兵士たちの死体は砂漠の日ざしの下で朽ち果てます。さらに神は火を送り、敵の町々を灰にされます(エゼキエル書 39:1〜6)。捨てられた木の盾や槍があまりに多く、神の民はこれから七年間、薪を切る必要がないほどだとエゼキエルは言います(エゼキエル書 39:7〜10)。やがて神の民は、土地を汚している死体の片づけを始めます。七か月にわたってゴグの兵士たちの骨と死体を暗い穴に投げ込み、はげたかや野の獣がイスラエルの敵を食い尽くす、とエゼキエルは語ります(エゼキエル書 39:11〜20)。身の毛もよだつ光景ですが、そのメッセージは実に単純です。神の民を脅かし、攻めてきた敵は、ことごとく焼き尽くされるのです。
エゼキエルは繰り返し、このゴグとの戦いこそ、神が民を忘れておられず、敵よりも偉大な方であることの証明になると語ります(エゼキエル書 38:15〜16、23、39:6〜7、21〜23)。確かにイスラエルはバビロンの支配下で追放の身にあります。そして、さらに強大な敵がイスラエルを地図から消し去ろうとするのも事実です。しかしゴグに対するエゼキエルの預言は、神が民を忘れておられないことをはっきりと示しています。異国の圧政、奴隷状態、国家の恥辱——これらは神がイスラエルのために最終的に望んでおられる姿ではありません(エゼキエル書 39:21〜24)。むしろ神は、ご自身の民の敵をすべて焼き尽くそうとしておられます。神は民を守り、保ち、永遠に共にいてくださるのです(エゼキエル書 39:25〜29)。ゴグに対するエゼキエルの預言は、神の力と民への変わらぬ真実が、やがて世界という舞台の上で証明されるという慰めをイスラエルに与えるものでした。
福音はどこにあるのでしょうか
聖書の中で、エゼキエル書以外にゴグが登場する箇所は、ヨハネの黙示録だけです。そこで使徒ヨハネは、神と神の民の敵との最後の決戦を描いています。二つの戦いは驚くほどよく似ています。どちらでもゴグは北から南から、東から西から世界規模の軍勢を集めます。どちらでも神は天から火を下して勝利されます(エゼキエル書 39:6、ヨハネの黙示録 20:9)。どちらでも死者は一か所に集められ、神のさばきを受けます(エゼキエル書 39:11〜20、ヨハネの黙示録 20:7〜10)。どちらでも神はゴグの兵士たちの死体を、鳥や野の獣のための宴として差し出されます(エゼキエル書 39:17〜20、ヨハネの黙示録 19:17〜18)。エゼキエルとヨハネは、同じ出来事について語っているのです。イスラエルは敵の敗北をおおむね政治的なものと考えていたかもしれませんが、ヨハネの記述は、エゼキエルが語っている勝利がバビロンの滅亡をはるかに超えるものであることを教えてくれます。エゼキエルもヨハネも、この世のあらゆる権力の背後にある力、すなわち死と悪と混沌の力を、神がついに焼き尽くされる日について語っているのです。
エゼキエルとヨハネによる滅びの預言は、私たちに希望を与えてくれます。神は私たちを忘れておられず、必ず私たちの敵を打ち負かしてくださるのです。政治的・軍事的な敵による悪を身近に知っている方も、そうでない方もおられるでしょう。それでも私たちは皆、悪と死と混沌との自分自身の戦いの中で傷を受けてきました(エペソ人への手紙 6:12)。エゼキエルとヨハネはともに、これらの力がことごとく永遠に焼き尽くされると預言しています。その敗北を確信できる理由は、単にエゼキエルとヨハネが預言したからではなく、神がすでに決定的な勝利を収めておられるからです。
神ご自身が、イエスというひとりの人となって、悪と混沌と死の力に立ち向かわれました。その戦いの中で、イエスは一時的にゴグの手の下に打ち砕かれました。三日の間、悪と混沌と死の力が勝ったかのように見えました。しかしイエスは墓からよみがえられたのです。イエスはゴグよりも力ある方です(コロサイ人への手紙 2:15)。神はゴグの武器を取り上げられました。つまり、死と悪と混沌の力は、イエスとイエスに従う者たちを最終的に支配することはできないのです。ですから、どんな敵が攻めてきても、イエスがそれを焼き尽くしてくださることを覚えていましょう。イエスは、あなたを守り、保ち、永遠に共にいてくださるために、死んでくださったのです。
ご自身の目で確かめてみましょう
聖霊があなたの目を開き、ついに悪を焼き尽くされる神を見せてくださるように祈ります。そして、やがて私たちのすべての敵を打ち負かしてくださる私たちの戦士、イエスを見ることができますように。

