何が起こっているのでしょうか
エレミヤの時代、神の預言者という務めは腐敗していました。神の預言者という特権的な立場は、姦淫を行い、悪を働き、不正を行う者たちに占められていました。彼らは、神が語っておられないのに、おこがましくも神に代わって語ったのです。私たちが知る限り、良い預言者はただ一人、エレミヤだけが残されていました。そして神は彼に、イスラエルの偽預言者たちを糾弾し、ご自身のことばを守り、彼らとその傲慢に対して下る神のさばきを告げ知らせるよう命じられたのです(エレミヤ書 23:9〜12)。
ユダの偽預言者たちを公然と非難する中で、エレミヤは、不信仰な預言者はいつの時代にもいたと認めています。しかし、今ユダにいる彼らは、際立って悪質でした。以前の偽預言者たちよりもさらに悪く、エルサレムの預言者たちはまことの神に代わって語ると主張しながら、その御名によって偽りを語り、自分たちの悪を宗教的に正当化していたのです(エレミヤ書 23:14)。神にとって、エルサレムの預言者たちは、ご自身が焼き払われたソドムとゴモラの町々よりも悪い者たちでした。エレミヤは、この預言者たちも同じさばきを覚悟しなければならないと語ります(エレミヤ書 23:15)。
イスラエルの民もまた、この偽預言者たちの預言を退け、エレミヤの語ることを聞かなければなりません。神はさばきと荒廃が間近に迫っていると宣告されました。指導者たちが何と言おうと、それを止めるものは何もありません(エレミヤ書 23:16〜17)。神のことばを口に受けているのはエレミヤただ一人であり、来たるべき日々がやがて彼の正しさを証明します(エレミヤ書 23:18〜20)。さらに、今ユダの王たちに助言している預言者たちは、繰り返し神の律法を捨て、偶像礼拝を認め、悪を正当化してきました。ユダは彼らのことばを退け、エレミヤの口にある神のことばを受け入れなければなりません(エレミヤ書 23:21〜22)。
エレミヤにとって、この偽預言者たちとその預言はわらのようなものであり、神のことばは火です。そして神はエレミヤに、ご自身のことばを守り、彼らの偽りを神の民の思いから焼き尽くすよう命じられました(エレミヤ書 23:25〜31)。神がこの偽預言者たちに告げるメッセージはただ一つ、さばきと追放が来るということです。預言者を自称する者たちは、直ちに語ることをやめなければなりません。これが、神が彼らに語られる最後のことばだからです(エレミヤ書 23:33〜40)。
福音はどこにあるのでしょうか
どの時代にも、神に代わって語ると主張しながら、悪に目をつぶり、神のさばきを軽んじる偽預言者や偽教師がいます。新約聖書の手紙のほとんどが、エレミヤ書に出てくる偽預言者たちの霊的な後継者とも言える存在を扱っています。時代の風向きが変わったり、権力を握る人々が入れ替わったりするとき、かつて信頼していた教師たちが次々と神のことばを捨てていく様子を見て、私たちは無力感を覚えるかもしれません。しかしエレミヤは私たちに希望を与えてくれます。偽預言者が永遠に立ち続けることはありません。神はいつでもご自身のことばを守られ、神のことばが語られるとき、偽りの教えは枯れていきます。最終的に、エレミヤの預言は成就し、ユダは追放され、偽教師たちの誤りが明らかになりました。神はエレミヤの口にあることばを実現させることによって、それを守られたのです。
しかし神は、もはやエレミヤのような預言者を通して私たちに語られることはありません。御子イエスにおいて、いっそう完全に、また最終的に語られたからです(ヘブル人への手紙 1:1〜4)。エレミヤと同じように、イエスもまた宗教指導者たちや偽預言者たちから反対されました。彼らは、イエスが自分たちの腐敗をくつがえすために来られたことを信じなかったのです(ヨハネの福音書 2:19〜22、ルカの福音書 19:45〜47)。彼らはイエスを殺せば、その預言が実現するのを止められると考えました。けれども、そうはなりませんでした。イエスはご自身が預言されたとおり、墓という追放の場から復活されたのです。神はご自身のことばを守られました。歴史はイエスの正しさを証明し、イエスは敵の偽りを打ち砕かれたのです。
神はいつでもご自身のことばを守られます。神のことばは、この時代の偽りに対していつでも勝利します。神のことばは、傲慢にも神に代わって語ると主張する者たちを、いつでも正義のもとにさばきます。火がわらを焼き尽くすように、神のことばはいつでも偽りに打ち勝つのです。私たちがこの時代の偽教師や偽預言者を恐れる理由はありません。まことの教師であり預言者であるイエスが、天国に座しておられるからです。そしてイエスは、襲いかかる偽りから、ご自身のことばと民を、いつでも完全に守ってくださいます。外にある偽りを恐れる必要はないのです。神のことばであり真理であるイエスは、永遠に生きておられるのですから。
ご自身で確かめてみましょう
聖霊が目を開いてくださり、みことばを守られる神を見ることができるように祈ります。そして、偽りを語るすべての者をさばく究極の預言者としてのイエスを、見ることができますように。


