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イザヤ書 2:6〜4:6

一つの若枝が芽を出す

イザヤ書 2:6〜4:6には、焼け焦げた地から芽を出した「若枝」であるイエスが、神の民を本来の使命へと回復させてくださることが描かれています。

ここで何が起こっているのでしょうか

神はイスラエルを、ご自身の善さと正義と美しさを世界に示す灯台としてお選びになりました。イザヤはちょうど今、イスラエルが神に信頼するなら、その招きが実現すると預言したところです。地上のあらゆる国々が首都エルサレムへと流れ込み、偶像を打ち砕き、戦いの武器を農具に打ち直し、その富をイスラエルの神にささげるようになる、と(イザヤ書 2:1〜5)。ところが実際のイスラエルは、神に信頼する道ではなく、貪欲と軍事力と偶像礼拝の道を選んでしまいました(イザヤ書 2:6〜8)。もしイスラエルが方向を変えないなら、与えられた招きを失い、世界は神の善さも正義も美しさも味わうことがなくなってしまうのです。

イスラエルは、頼るべきでない他国に信頼を置いていました。イザヤは語ります。神から与えられた運命を捨て、国々の一時的な富と力を選び取ったイスラエルを、神は低くされるのだ、と(イザヤ書 2:9〜11)。やがて、イスラエルが富を期待していた交易路はすべて消え去ります。憧れていた大文明も跡形なく消し去られます。輸入したすべての偶像も溶かされてしまうのです(イザヤ書 2:12〜21)。国々の移ろいやすい力に頼るのではなく、イスラエルはもう一度、自分たちの神に信頼しなければなりません(イザヤ書 2:22)。

もしイスラエルが外国の勢力と手を結び続けるなら、神はイスラエルが少しずつ崩れていくのをお許しになります。パンと水の供給は取り去られます。経験を積んだ将軍、裁判官、預言者、長老、指導者たちは、ことごとく権威の座から退かされ、代わりに未熟な暴君たちが立てられます(イザヤ書 3:1〜5、9〜15)。追い詰められた神の民はより良い指導者を探し求めますが、誰一人名乗り出る者はいません(イザヤ書 3:6〜8)。イスラエルの支配層の女たちさえ恥を受けます。不正な手段で手に入れた宝飾品も、髪も、衣装も、神はことごとく取り去られ、その美しさは奴隷主の焼き印と引き換えになるのです(イザヤ書 3:16〜4:1)。イスラエルが自分たちの神と、与えられた招きを退けたために、神の民は荒廃へと落ちていきます。

しかし、イスラエルの悪と高慢と邪悪に対する神のさばきは、すべてを滅ぼし尽くすものではありません。神は今なお、イスラエルがこの世界において正義と善さを示す灯台となることを望んでおられます。ご自分の民を滅ぼすのではなく、清められるのです。神の霊がイスラエルの焼け焦げた地を覆って流れ、手つかずの土から、いのちが不思議な「若枝」として芽を出します。イスラエルの地は、荒廃する前の輝きへと回復されます。神の民は「清い」と呼ばれ、神の女たちは「美しい」と呼ばれ、イスラエルは与えられた招きへと回復されるのです(イザヤ書 4:2〜6)。イスラエルは自分たちの神と招きを退けましたが、神は彼らをお退けにはならなかったのです。

福音はどこにあるのでしょうか

イスラエルを本来の招きへと回復させるために、神はご自身の教えと知恵を退けた指導者や民をことごとく除かれます。そしてその代わりに、イスラエルの焼け焦げた地から一つの「若枝」を芽生えさせるのです。イザヤは、ここから数章先でもう一つの不思議な若枝について語っています。その「若枝」は、イスラエルの最も偉大な王ダビデの父、エッサイの子孫だというのです(イザヤ書 11:1)。この方によって、イスラエルだけでなく世界がついに神の正義と美しさと善さを味わうことになります(イザヤ書 11:2〜16)。ダビデの王家から出る最後の王が再びその王座に着かれるとき、神の民は与えられた招きへと回復されます。その王の名こそ、イエスです。 

イエスは、焼け焦げた地から芽を出したエッサイの若枝です。神はマリアの処女の胎にご自身の霊を注がれ、こうしてイエスがお生まれになりました(ルカの福音書 1:35)。この方こそ、神の民を導いて、再び世界を祝福するという招きを全うさせることのできる王です。その生涯において、イエスは何度も何度も、汚れた人をきよめ、奴隷とされた女たちを解き放ち、死者をよみがえらせて神の民にいのちを取り戻されました(マタイの福音書 8:2〜4、15:22〜29、ルカの福音書 7:11〜17)。神の民は自分たちの招きと自分たちの神を退けましたが、イエスは彼らをお退けになりませんでした。愛のゆえに、この方はご自分の死をも引き受け、死からよみがえって確かなものとしてくださった永遠の御国に、神の民が加われるようにしてくださったのです(ヨハネの福音書 3:16)。今、イエスは永遠に神の民を治めておられ、この方が始められた回復は必ず完成します。そして、この方に信頼する人は誰でも、神の民の招きに加えられ、偶像も戦争もなく、平和と豊かさに満ちた御国へと世界を造り変えるというこの方のご計画に、共にあずかるのです。 

ご自分の目で確かめてみましょう

聖霊が目を開いてくださり、ご自分の民をお退けにならなかった神を見ることができますように、と祈っています。そして、ご自分の民を清め、本来の目的へと回復させることのできるただひとりの王として、イエスを仰ぐことができますように。 

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