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歴代誌Ⅱ 23〜24章

王とその祭司

歴代誌Ⅱ 23〜24章から見えてくるのは、イエスが私たちの王であり、決して離れずにそばにいてくださる祭司でもあるということです。死からよみがえられたイエスは、ご自身の王国を永遠の善といのちへと導き、守ってくださいます。

ここで何が起こっているのでしょうか

正統な王位継承者ではないアタルヤが女王としてユダの王座を奪い取り、自分の権力を脅かしそうな親族を次々に殺していきました。しかし孫であり、本来ユダの王位を継ぐべきヨアシュだけは逃れました。この六年間、ヨアシュは祭司エホヤダのもとで密かに育てられ、エホヤダはその間にアタルヤを退ける計画を進めていたのです(歴代誌Ⅱ 22:10〜12)。ヨアシュが七歳になったとき、エホヤダはなおダビデの家系に忠誠を保つ祭司たち、指導者たち、隊長たちを集め、王位を取り戻す行動に出ます(歴代誌Ⅱ 23:1〜10)。武装した何百人もの祭司を率いてエルサレムの神殿を制圧し、ヨアシュを王として即位させたのです。群衆の歓声を耳にしたアタルヤは戴冠を止めようと神殿へ駆けつけますが、すでに手遅れでした。ユダの正統な王が王冠を受け、エホヤダは配下の者たちを送って、反逆の女王を討ち取らせました(歴代誌Ⅱ 23:11〜15)。 

ユダの摂政として立ったエホヤダは、自分自身とヨアシュ、そしてユダの民を、公に神へと献げ直します。それに応えて、集まった人々はアタルヤの祭司たちと偶像を国から取り除きました(歴代誌Ⅱ 23:16〜17)。エホヤダは神が選ばれた祭司たちを神殿の監督として復帰させます。定められた犠牲を絶えず献げるよう命じ、神殿の儀式上の無垢を守る門衛たちを再び配置しました(歴代誌Ⅱ 23:18〜19)。それから七歳の王を王宮に迎え入れ、エルサレムはダビデの子孫が再び治めることを喜び祝ったのです(歴代誌Ⅱ 23:20〜21)。 

ヨアシュは四十年間ユダを治め、エホヤダが共にいる間は神の命令に従い続けました(歴代誌Ⅱ 24:1〜3)。その治世の間に、エホヤダは神殿税の制度を立て直し、放置され荒らされていたエルサレムの神殿に必要な修理を施しました(歴代誌Ⅱ 24:4〜7)。そしてエホヤダが死ぬ日まで、神殿とユダはあるべき姿で歩んでいたのです(歴代誌Ⅱ 24:8〜14)。エホヤダはユダの民から深く愛されていたため、ヨアシュは彼を王家の墓に葬りました。それは、それまでのユダの王四人には与えられなかった栄誉でした(歴代誌Ⅱ 24:15)。

しかし悲しいことに、王の神への誠実さは、その祭司の死とともに絶えてしまいます。王はすぐに神を賛美することをやめ、代わりに女神アシュラを賛美し始めました(歴代誌Ⅱ 24:17〜18)。神は預言者を次から次へと遣わし、ヨアシュを戒め、かつての歩みを特徴づけていた誠実さへと呼び戻そうとされます。しかし王は耳を貸しません。ついにエホヤダの子が、ヨアシュが神を捨てたのだから神も彼を捨てられたのだと告げると、王は激怒して彼を殺してしまいました(歴代誌Ⅱ 24:19〜22)。ただちに神は、ごく小さな軍勢に力を与え、エルサレムの防備を打ち破り、その指導者たちを討ち、王に重い傷を負わせられました。王はほどなく、生き残った家臣たちの手で暗殺されます(歴代誌Ⅱ 24:23〜25)。神に対する不誠実のゆえに、王は王家の墓に葬られませんでした。父や祖母と同じように、彼もイスラエルの真の君主ではなかったのです。

福音はどこにあるのでしょうか

歴代誌は、追放の後にイスラエルを再建するユダヤ人の指導者たちに向けて書かれました。著者が読者に分かってほしかったのは、王は祭司なしでは何者でもないということです。国家の統治術や政治、軍事力よりも大切なのは、神が選ばれた祭司を通して結ばれる、神との正しい関係なのです。国が栄えることを願うなら、犠牲を献げ、神の律法を執り行い、決断を導く祭司を立てなければなりません。これは今日の私たちにも必要な教えです。私たち一人ひとりの「王国」の中心に、私たちに代わって犠牲を献げ、神の命令に従うよう促し、私たちの決断を導いてくださる祭司をお迎えする必要があります。その祭司こそイエスです。 

エホヤダがいなければ、私たちは皆ヨアシュのようになってしまいます。良い祭司がいなければ、私たちは皆、神のご計画に反する形で自分の人生を治めてしまうのです。しかしイエスは、いつも私たちの祭司でいてくださいます。私たちが誠実でないときにも、イエスは誠実です。祭司エホヤダのように、イエスこそ私たちの真の王です。その死によって王の治世の善いものがすべて終わってしまったエホヤダとは違い、イエスは死からよみがえられました。それゆえ、ご自身の王国を永遠の善といのちへと導き、守ることができるのです。今この時も、イエスは私たちの王として天国に座し、私たちの祭司として絶えず私たちのために祈っていてくださいます(ローマ人への手紙 8:34)。エホヤダがヨアシュに教えたように、イエスは御霊を通して、誠実に従うために必要なすべてを私たちに教えてくださいます(ヨハネの福音書 14:26)。そして私たちがこの祭司であり王である方に従っていくとき、イエスは私たちを、その永遠の王国で永遠に共に治める者へと造り変えてくださるのです(ヨハネの黙示録 22:5)。

ご自身の目で確かめてみましょう

聖霊が目を開いてくださり、決して私たちのそばを離れない祭司を与えてくださった神を見ることができますよう祈ります。そして、共に永遠に治めることができるようにと死んでよみがえられたイエスを、王であり祭司である方として仰ぐことができますように。 

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