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デボーション

歴代誌Ⅰ 28〜29章

王国を受け渡す

歴代誌Ⅰ 28〜29章には、ダビデが民のために王国と神殿を備えようと力を尽くしたことが描かれています。それと同じように、いやそれ以上に、イエスは私たちのためにすべてを成し遂げ、神の約束のすべてを実現してくださいました。

ここで何が起こっているのでしょうか

王としての最後の働きの一つとして、ダビデは息子ソロモンが神殿を建て、神がダビデの家に与えられた約束を確かなものとするための備えを整えます。神はダビデの子をご自分の子として受け入れ、その家系の王座をとこしえに続かせると約束されました(歴代誌Ⅰ 28:2〜7)。そこでダビデは、国の指導者たち、王の役人たち、勇士たちを宮殿に召集し、いよいよソロモンを王として立てるのです(歴代誌Ⅰ 28:1)。ダビデは集まった人々に、自分が数々の血なまぐさい戦いを通してイスラエルに平和をもたらしたこと、しかしそのゆえに神の神殿を建てる資格を失ったことを思い起こさせます。それでも神は、ダビデにはできなかった神殿の建設をソロモンが果たすと約束してくださいました。この良い知らせを心に置きながら、ダビデは集まった人々に神のすべての命令に聞き従うよう命じます。そして息子には、心を尽くして神の導きを求めなければ、約束された永遠の王国を失うことになると警告します(歴代誌Ⅰ 28:8〜10)。

次にダビデは、神の国を治め、神殿を建てるために必要なものすべてをソロモンに渡します。建物の細部の設計から、神殿で使われるフォークや鉢の一つ一つの重さまで、詳細に記された神殿の設計図を手渡すのです(歴代誌Ⅰ 28:11〜18)。さらにダビデは、祭司、職人、働き手、監督たちを何千人も組織し、任命していました(歴代誌Ⅰ 28:19〜21)。ソロモンに残されているのは、着手することだけです。

ダビデは再び役人たちに向き直り、ソロモンが建てる神殿はイスラエルの偉大さを示すものではなく、神の偉大さを示すものだと語ります。それを重んじて、ダビデは自分の宝物庫にある富をすべてささげます(歴代誌Ⅰ 29:1〜5)。その姿にならい、イスラエルの指導者たちも、神の家が神の偉大さにふさわしいものとなるように、金や銀、宝石を惜しみなく、何百トンもささげました(歴代誌Ⅰ 29:6〜9)。 

指導者たちの惜しみないささげ物に応えて、ダビデは、この神殿は自分たちの働きによるものではなく神の御業なのだと歌います。すべてを所有し、すべてを治め、だれよりも豊かな神が、イスラエルを愛する父となると約束してくださったことを、ダビデはほめたたえます(歴代誌Ⅰ 29:10〜13)。神殿を建てるためにささげたものはすべて、もともと神ご自身からいただいた贈り物でした(歴代誌Ⅰ 29:14〜16)。神が求めておられるのはお金ではなく、偽りのない賛美と従順であることを、ダビデは知っていました。だからこそダビデは、民と息子が心を尽くして神のすべての命令を永遠に守り続けるようにと祈るのです(歴代誌Ⅰ 29:17〜20)。

翌日、イスラエルの王が戴冠します。何千頭もの動物が犠牲としてささげられます。神の民は罪を清められ、まっさらな状態でソロモンの治世に入ることができるのです。そしてソロモンは油を注がれ、王座(それは神の王座と呼ばれています)に着き、人々はみな、神が選ばれた王の前にひざまずきます(歴代誌Ⅰ 29:21〜25)。ここまでのイスラエルの歴史の中で、これは最も高い頂点にあたる場面です。神の民は清められ、ソロモンは神の王座に座し、必要なものはすべて備えられ、ダビデの子が永遠に治めることを妨げるものは何もないように見えます。

福音はどこにあるのでしょうか

列王記でこの出来事をご存じの方は、重要な細部が省かれていることに気づかれるでしょう。ダビデの衰えた健康状態についても、もう一人の息子が企てた反逆についても、ここには触れられていません(列王記Ⅰ 1章)。歴代誌は、当時の読者に理想化された歴史を示すことで、ある一つのことを伝えようとしています。従順なダビデの家系の王がイスラエルの王座に着き、神殿の建設を第一とするとき、国全体が栄えるのだ、と証明したいのです。もし当時の読者がイスラエルのかつての栄光を取り戻したいと願うなら、神の命令に従い、イスラエルの神殿を修復すると約束するダビデの子を王として立てなければなりません。 

そして究極的には、そのダビデの子とはイエスです(マタイの福音書 1:1)。ダビデがソロモンに期待したように、ダビデの子であるイエスは神のすべての命令に従順に従われました(ヨハネの福音書 5:19〜20)。神はソロモンをご自分の子として受け入れてくださいましたが、イエスはそれ以上に、まさに神の子でした(マタイの福音書 17:5)。そしてイエスの王としての働きを決定づけたのは、腐敗したイスラエルの神殿を打ち壊し、新しい神殿を建てることでした(ヨハネの福音書 2:19〜22)。ソロモンの神殿が神の民の惜しみないささげ物によって建てられたように、イエスも同じようにされました。イエスは惜しみなく、ご自分のいのちを差し出されたのです。その従順な死によって、イエスはご自分の王国の罪をぬぐい去り、その民にまっさらな新しい歩みを与えてくださいます。そしてソロモンが王座に着いたように、イエスは死からよみがえり、神の王座に永遠に着座されました。ダビデが民のために王国と神殿を備えようと力を尽くしたように、いやそれ以上に、イエスは私たちのためにすべてを成し遂げてくださったのです。神の約束のすべては、ソロモンにまさる方であるイエスにおいて実現しています(マタイの福音書 12:42)。

ご自分の目で確かめてみましょう

聖霊が目を開いてくださり、私たちに王を与えてくださった神を仰ぐことができますようにと祈ります。そして、その民を栄えさせてくださる従順なダビデの子、イエスを見つめることができますように。

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