ここで何が起こっているのでしょうか
イエスの誕生の物語には、緊張と痛みに満ちた場面が並んでいます。壊れかけた結婚、政治的な欺き、危険からの逃亡、そして幼児の虐殺までもが記されています。それでもマタイは、その困難な場面のひとつひとつについて、神が聖書のことばを成就させておられると告げています。マタイがこう記すのは、神が敵対する力さえ用いてご自身の計画を実らせてくださることを示すためです。
まずマタイは、処女がみごもって、インマヌエル——「神が私たちとともにおられる」という意味——と呼ばれる子を産むという預言を語ります(イザヤ書 7:14)。この身重の処女がマリアです(マタイの福音書 1:18)。そして婚約者のヨセフが彼女と縁を切ってしまう前に、御使いが現れ、その子をイエス——「神は救う」という意味——と名づけるように告げます(マタイの福音書 1:21)。神は、イエスにあって人々とともにいてくださることによって、人々をその罪から救おうとされたのです。
続く二つの成就は、イエスをモーセの物語と結びつけます。ベツレヘムを治める王は、二歳以下の男の子をことごとく殺すことで、イエスのいのちを奪おうとしました(マタイの福音書 2:18)。幻のうちに警告を受けたイエスとその家族は、エジプトへ逃れます。モーセと同じように、イエスも殺意に満ちた王による幼児虐殺から逃れるのです(出エジプト記 1:22)。 そしてモーセと同じように、イエスは立ち上がり、イスラエルを奴隷状態からただ一度で永遠に贖い出してくださいます。
預言者たちのことばをまたも成就させるために、神はヨセフに、エジプトを出て故郷へ帰っても安全だと告げられます。かつてイスラエルがそうしたように、イエスもエジプトから上って来られるのです(マタイの福音書 2:20)。イエスは新しいモーセであるだけでなく、新しいイスラエルでもあり、ヘブライ人が失敗したすべての場所で勝利を収めておられます。イスラエルが決してできなかったこと——主への完全な従順——を、イエスは成し遂げてくださるのです。
福音はどこにあるのでしょうか
神の介入がなければ、イエスの誕生にまつわるすべてが破綻していたはずです。 マリアとヨセフは別れ、ヘロデはイエスを殺し、ヨセフはエジプトへ逃れず、家族は安全な地に帰ることもなかったでしょう。
神は最悪の状況の中に介入し、何千年も語り続けてこられた壮大な救いの物語を成就させてくださいました。
あのとき神が介入されたように、今も介入してくださいます。イエスがおられなければ、私たちは罪の中に死んだままでした(エペソ人への手紙 2:1)。けれどもイエスは介入し、霊的に死んでいた者を生かしてくださいます。その名が約束していたとおり、私たちを救ってくださるのです。これこそ良い知らせではないでしょうか。
イエスの誕生をめぐる出来事が旧約聖書のことばを成就させたように、イエスの生涯と死と復活は、その与えられた名を成就させました。イエスはインマヌエル——私たちを救うために、私たちとともにおられる神なのです。
ご自分の目で確かめてみましょう
聖霊が目を開いてくださり、救いを成し遂げるために介入される神を見ることができますように。そして、罪から私たちを救うためにともにいてくださる方として、イエスを仰ぐことができますように。


