はじめに
毎年、教会はイエスの昇天に続く十日間を、祈りのうちに共に過ごします。その期間、弟子たちは五旬節に与えられる聖霊の約束を待ち望んでいました。今、私たちも彼らと共に待つことを学び、聖霊の新しくしてくださる働きを慕い求めながら、聖書に流れる一つのパターンをたどっています。すなわち、神は昇って統治され、人々を聖霊で満たして、ご自身と共に治めさせてくださるということです。
これまで私たちは、聖霊がイエスの弟子たちに力を与えることによって、反逆する霊たちによる対抗的な満たしを覆すのを見てきました。また、イエスがご自分の民と天の王座を分かち合うことによって、バベルの対抗する昇天を無効にされたことも見てきました。イエスが王であるという知らせは、エルサレムに集まったあらゆる国々のあらゆる言語で宣べ伝えられ、ペテロは、これらのしるしが、王の支配が人間のうちに、また人間を通して始まったことを示していると説明します。今度は、ペテロの宣言に応答した諸国の民が、イエスの世界大の御国に入っていく姿を、一緒に見ていきましょう。
悔い改めて、洗礼を受ける
ペテロは今しがた群衆に、注がれた聖霊こそ、イエスが神の右の最も高い王座に着いておられるしるしなのだと説明したところでした。王として、イエスはご自分の民を訪ねてこられました。ほかならぬ、イエスを拒み、十字架につけた人々のところにです。使徒の働きによれば、人々は神に対する最大の反逆の罪——神ご自身を殺したこと——に自分たちも加担していたと悟り、心を刺されました。イエスが王として昇られたと聞いた今、自分たちはどうすればよいのかと、彼らはペテロに尋ねます(使徒の働き 2:37)。
ペテロは、御国への入り口を示して答えます。「悔い改めて、一人ひとりイエス・キリストの名によって洗礼を受けなさい」(使徒の働き 2:38)。悔い改めるとは、対抗する王国を捨て、イエスの支配に服することです。洗礼を受けるとは、対抗する支配者たちを退け、神の真の息子・娘としてイエスのかたちに形づくられることによって、聖霊に満たされたイエスのいのちに入ることです。かつて創世記で、神は世界を水で覆い、巨人たちを洗い流して清められました。出エジプト記では、神が奴隷状態から解放してくださったとき、神の民は海を渡りました。そして今、イエスが人類を、反逆する諸力への古くからの奴隷状態から救い出してくださったという知らせと共に、私たちは洗礼の水を通り抜け、聖霊に満たされるよう招かれているのです。
聖霊の賜物
ペテロは群衆に、悔い改めと洗礼を通して、罪の赦しと聖霊の賜物を受けると告げます(使徒の働き 2:38)。人が聖霊を受けるとき、その人は、王座に着かれた神の子イエスと共に治める、神の真のかたちへと造り変えられていきます。ペテロが言うように、この約束は最初の五旬節にエルサレムに集まっていた人々だけのものではなく、遠くにいる者にも近くにいる者にも、すべての世代に及ぶものです(使徒の働き 2:39)。
その歩みに加わる
五旬節を経験した百二十人の群れは、その日のうちに三千人のイエスに従う者たちへとふくれ上がりました(使徒の働き 2:41)。そして、地上におけるイエスの、聖霊に力づけられたからだである教会を通して、神の国はそれ以来どの世代においても成長し、対抗する王国と対抗する支配者たちを押し返してきました。神は今もなお、あの日に始められた働きへとご自分の民を招いておられます。神は私たちを聖霊で満たし、その御国に加わるよう招いてくださるのです。私たちは、五旬節に宣べ伝えられたあの戸口を通って入ります。「悔い改めて、イエス・キリストの名によって洗礼を受けなさい」(使徒の働き 2:38)。
人類はかつて神の国の目的を拒みましたが、よみがえって天に昇られた王イエスは、悔い改めるすべての人に赦しを差し出し、父なる神は洗礼を受けるすべての人に聖霊を注いでくださいます。こうして私たちは神の国に入り、私たちをゆがめ、この地を神のいのちと似姿で満たすという招きから引き離そうとする諸力を押し返すイエスの働きに、共に加わるのです。聖霊に満たされた私たちは、天に昇られた神の子の御国を広げながら、ますます神のかたちへと形づくられ、全地が主の豊かないのちで満たされる再臨の日を待ち望みます。
祈りの導き
神の王座へのイエスの昇天と、五旬節に聖霊が人々を満たしてくださったことに、詩篇 8篇のことばをもって応答してみましょう。
主よ、私たちの主よ。あなたの御名は全地にあって、なんと輝かしいことでしょう。
あなたはご自分の栄光を天のかなたに置かれました。
幼子や乳飲み子の唇に、あなたは賛美を備えられました。
敵があるゆえに、仇なす者と復讐する者を黙らせてください。
あなたの指のわざである天を、
あなたが据えられた月と星とを、私が見上げるとき、
人とは何者なのでしょう。あなたが心に留めてくださるとは。人の子とは何者なのでしょう。あなたが顧みてくださるとは。
あなたは人を、天の御使いたちよりわずかに低いものとし、
栄光と誉れの冠をかぶらせてくださいました。
あなたの手のわざを治めさせ、すべてのものをその足の下に置かれました。
羊の群れも牛の群れも、野の獣も、
空の鳥も海の魚も、海路を行き交うものすべてを。
主よ、私たちの主よ。あなたの御名は全地にあって、なんと輝かしいことでしょう。
