何が起こっているのでしょうか
ユダにいる神の民は、神のすべての律法を破った罪を負い、間もなくバビロンによって追放されることになります。しかし、その追放と罪にもかかわらず、神は民を故郷の地へ連れ戻すと約束されます。
ユダの次の王エホアハズは、わずか三か月治めただけでエジプトによって退けられます。代わりに立てられたのは、傀儡の王エホヤキムでした(歴代誌Ⅱ 36:1〜5)。エホヤキムは悪しき人物で、エジプトへの負債を返すために民に重い税を課します。しかしやがてエジプトはバビロンの支配下に落ち、ネブカドネツァル王がエルサレムを襲い、神殿から宝を奪い、エホヤキムを追放し、朽ちかけた王国を彼の息子に残します。その息子もわずか三か月治めただけで、臆病にもバビロンに降伏してしまいます(歴代誌Ⅱ 36:9〜10)。
続いてバビロンは、エホヤキムの兄弟をユダの王座に据えます。彼もまた兄弟と同じく、神に聞き従うことを拒む悪しき王でした。預言者エレミヤは彼に、バビロンがユダに勝利しているのは、悪を行うユダをさばくという神の約束が果たされているからだと警告します。バビロンの圧政に抵抗するのではなく、それに服すべきであり、そうしなければ神のさばきによってユダの王国に残されたものまで失うことになる、というのです。しかし心の頑ななこの兄弟は聞き従わず、バビロンに反逆します(歴代誌Ⅱ 36:11〜14)。ネブカドネツァルは報復し、エルサレムの住民を虐殺し、神の神殿を略奪し、都を焼き払い、生き残った者たちをバビロンへ追放しました(歴代誌Ⅱ 36:17〜20)。
一種のエピローグとして、歴代誌の記者は、この悲劇のすべてがユダが繰り返し神の律法に聞き従わなかったことによるものだと明かします(歴代誌Ⅱ 36:15〜16)。エレミヤのような預言者たちは、神が律法の中で語られたことをユダの指導者たちに思い起こさせてきました。神の律法は、神に聞き従わないなら追放という結果になると、はっきり約束していたのです(申命記 29:25〜28)。エルサレムの滅亡とユダの追放において、神は語られたとおりのことをなさいました。
けれども神の律法は、ユダが追放された後に、神が民をその地へ帰らせると約束してもいました(申命記 30:1〜10)。そして神の約束のとおり、追放が始まってから七十年後、キュロス王による勅令が出されます。その中でキュロスは、ユダをエルサレムへ帰し、神殿を再建させる権威を神が自分に授けられたと宣言します。そして歴代誌のいちばん最後の言葉は、神がいつも共にいてくださるのだから行きなさいと、ユダに告げているのです(歴代誌Ⅱ 36:21〜23)。
福音はどこにあるのでしょうか
旧約聖書の本来の配列では、ユダを故郷の再建へと送り出すキュロス王の勅令こそ、ヘブライ語聖書の最後の言葉でした。それは、バビロンでの長い追放から帰る人々に希望を与えるためのものです。彼らの失敗にもかかわらず、神は約束を忘れておられません。彼らの罪にもかかわらず、神は共にいてくださいます。彼らの追放にもかかわらず、神は必ずご自分の民を御国へ連れ戻してくださるのです。
この希望を胸に、帰還した人々はユダの神殿を再建しました。しかしユダはその後も政治的な諸勢力の間で揺れ動き、ついにはローマの支配下に入ります。ある意味で、神の民はなお追放の中にあったのです。
けれども、この政治的に不安定な時代に、神は民のための新しい王として御子イエスを遣わされました。彼らの追放を永遠に終わらせる王です。イエスは、ユダという国のかつての国境を建て直すために来られたのではなく、この世のものではない御国を確立するために来られました(ヨハネの福音書 18:36)。戦う相手はローマではなく、私たちが皆、神とその御国の律法に対して抱えている頑なな反逆でした。イエスはそれを、死に至るまで従順に神に身を委ねることによって成し遂げられました。そして復活において、墓という追放から帰り、死と、神の民を苦しめ続けてきた反逆の両方を打ち破られたのです。
そしてキュロス王のように、イエスはご自分の国民である私たちに告げられます。天と地のすべての権威がわたしに与えられている、だから世界のあらゆる国々へ行き、神の国の新しい民を生み出しなさい、わたしはいつもあなたがたと共にいる、と(マタイの福音書 28:16〜20)。私たちの失敗にもかかわらず、神は変わらず誠実に私たちを救ってくださる。そのことをイエスは示してくださるのです。私たちの罪にもかかわらず、神は共にいてくださいます。かつての追放にもかかわらず、神は他の人々を神の国へ招き入れるために、私たちを遣わされたのです。
自分の目で見てみましょう
聖霊が目を開いてくださり、約束に誠実な神を見ることができますように、と祈ります。そして、神の国へ新しい民を招くために私たちを世へ遣わされた王として、イエスを見ることができますように。

