何が起こっているのでしょうか
ヨシュアは神に従い、誠実にカナン人をイスラエルの故郷の地から追い出してきました。しかしこの時にはすでに年老いており、征服されていない土地もまだ多く残っていました(ヨシュア記 13:1)。それでも神はヨシュアに、すでに征服された地であるかのように、その土地をイスラエルの各部族に分け与えるよう命じられます(ヨシュア記 13:7)。
最初の割り当てで焦点が当てられるのは、一人の人物と一つの部族――カレブと、ユダ族です。
さかのぼって民数記では、イスラエルが初めてカナンに入ろうとしたとき、神を信頼し、その地の住民を恐れなかった偵察者はカレブとヨシュアだけでした(民数記 13:30)。その誠実さゆえに、神はカレブに、偵察したその地を与えると約束されました(民数記 14:24)。そして今、ヨシュアはカレブの誠実さと神の約束を重んじて、その報いを与えるのです(ヨシュア記 14:13)。
最初に土地を受け取る部族はユダでした(ヨシュア記 15:1)。しかもユダには、他のどの部族よりも広い土地が与えられます。これは創世記で、ヤコブが兄弟たちにまさる祝福をユダに与えた場面と同じパターンの繰り返しです(創世記 49:8)。また民数記では、ユダは幕屋を囲む配置の中で際立った位置を与えられていました(民数記 2:3)。イスラエルがこの地に定住していく中で、ユダは再び他の部族の中で高く上げられているのです。
けれども、一つの重要な細部が、イスラエルによるこの地の所有に不安をにじませます。各部族が割り当てられた地に入っていっても、残っていたカナン人を追い出すことができなかったのです(ヨシュア記 15:63)。
福音はどこにあるのでしょうか
究極的には、カレブとユダが抱いた故郷への希望を、どちらも成就してくださるのはイエスです。
カレブが恐れることなく征服した、割り当てられた地の巨人たちは、ネフィリムの子孫でした(民数記 13:33)。彼らこそ、神があの大洪水を送られた理由でした(創世記 6:4)。こうした勢力に対するカレブの勝利は、新しく、よりすぐれたカレブであるイエスへと私たちを備えてくれます(ヨシュア記 15:14)。
イエスとその御国が約束の地に広がっていくとき、イエスは悪霊を追い出し、病人をいやし、邪悪な霊的存在が奪い取っていた領域を征服していかれました(マタイの福音書 4:23)。しかしイエスは、カレブのように一つの領域で悪を征服されただけではありません。世界中のあらゆる罪、あらゆる敵に勝利されたのです(エペソ人への手紙 1:21)。死の時にその勝利が衰えていったヨシュアとは違い、イエスはまさにその死によって悪と罪に勝利されました(コロサイ人への手紙 2:15)。そして復活において、イエスは悪と罪と死のすべての力を征服されたのです。
また、聖書全体を通してユダが高く上げられている理由そのものがイエスです。イエスご自身がユダ族から出られたからです。ユダは、まだ征服されていない地の真ん中にいる私たちに希望を与えてくれます。究極のユダヤ人であるイエスはこの部族から現れ、世界のどこに潜む悪も残らず征服してくださいます。そして神の民に、四方に平和をもたらしてくださるのです(創世記 49:10)。ユダとカレブと同じように、イエスにあって私たちにも、平和と御国における住まいの両方が約束されています。
ご自分の目で確かめてみましょう
私たちが約束を守らないときにも、なお約束を守り通される神を見る目を、聖霊が開いてくださいますように。そして、その死と復活によってあらゆる悪を征服される方として、イエスを仰ぐことができますように。

